443 パリのバスの運転手さん

その日、私は、約束の時間に遅れそうだったので、バス停まで走っていました。
角を曲がって、バス停が目に入ると、乗ろうと思っていたバスが扉を閉めて走り出したところでした…。

「あぁ…」

ところが、バス停の少し先で、運転手さんがバスを停めて、扉を開けてくださいました。
私に気づいてくれてありがとう。

私は満面の笑みで「メルシー(merci:ありがとう)!」と言ってバスに乗り込みました。
また運転手さんは、少し微笑んで「ドリァン(de rien:どういたしまして)」と手をあげて応えてくれました。

走りはじめてしばらくすると、バスが急ハンドルを切り、キキーッ!と止まりました。
バスの前をヨロヨロと走っていた小さな自動車が、進路をふさぐように止まったからです。

車を運転していたのは中年の女性で、助手席の人とのん気におしゃべりをしていました。

バスの運転手さんはわざわざバスを降り、その女性に向って怒鳴りました。

「このバスにはたくさんの人が乗っているんだ! あなたの不注意な運転で事故になったら取り返しがつかないんだよ!」

フランスの人がよくする、肩をすくめて両手を肩の高さまで上げるジェスチャーと、エッ!?(he!?:日本語にすると「おいっ!?」)という呼びかけの言葉。
そんな彼の一連の動作を、バスの乗客達は見ていました。

そして、また落ち着いた様子で運転を再開しました。
先ほど彼が怒鳴ったのは、決して機嫌が悪かったわけではないということが、その後も続いた彼の気遣いのある運転でよく解りました。

何と言うことはない日常のひとコマだったのですが、私は何だか気持ちが良くて、うっかり降りるべきバス停を2つも乗り過ごしてしまいました…(その後、またまた猛ダッシュ!)。