229 一目惚れ

カフェのテラス席に座り、道往く人や通り過ぎる車を眺めていたら、目の前に1台のオートバイが停まりました。
総排気量750ccのそのオートバイは、1970年頃のドイツ製。
ちょっとクラシックな雰囲気を持つ1台です。

自動車やオートバイが好きな僕は、そのオートバイが長い年月の間に蓄えた風格のようなものと、歯切れの良い排気音に、しばし魅せられていました。

しかし、次の瞬間、僕の興味の対象は、一瞬にして別のものへと向けられたのです。
それは、オートバイの傍らに降り立ったその人が、女性だったこと…。
パリでは、オートバイに乗る女性は珍しくはないけれど、この車格のオートバイに跨り、見ている人に何の違和感や不安感をも感じさせない女性は、初めてだったからです。

そしてグラブを取り、ヘルメットを脱いだその女性は、オートバイをその場に残して、ゆっくりとどこかへ歩いて行きました。
また、ほんの短い間の出来事でしたが、その女性の動作はとても滑らかで、美しくすらあったのです。

しばらくして、僕はコーヒー代をテーブルの上に置き、カフェを出ました。
そして、お店の前に残された彼女のオートバイへと近づいてみたのです。

製造されてから30年以上が経過しているそのオートバイには、それ相応の風情のようなものが備わっています。
また、ダーク ブラウンに塗られたガソリン タンクには、何とも言えない艶がありました。

そして次の瞬間、僕はとても嬉しい気持ちになりました。
なぜならば、黄色い、小さな造花が2つ、オートバイのハンドルにくくり付けてあったからです。
大型のオートバイを乗りこなす女性というと、どこか勇ましいような、そして、どこか近寄り難いような感もありますが、その小さな2つの花を見て、彼女の女性らしさを感じることが出来ました。

そして、僕は、暖かくなった春のパリの街を歩きながら、彼女がオートバイのハンドルに小さな花をくくり付けた時の様子や、パリの街中を颯爽と走る様子、さらには、休日にオン フルール(Honfleur)辺りまで遠乗りして、一面の菜の花畑の中を走ったり、春の潮風を楽しんだりする様子を想像したのでした…。