216 もう少し、このままで

先日、パリの街中でバスに乗っていた時のこと。
とあるバス停で、盲導犬を連れたご婦人が乗っていらっしゃいました。

すると、バスの中に立っていた人たちはササッと通路を開け、また、僕の目の前に座っていた女性が、そのご婦人にサッと席を譲ったのです。
この時、そこに居合わせた人たちの動きがあまりにも素早かったので、その光景を見ていた僕の方が気持ち良さを感じたほどでした。

パリの街は、その構造や設備などから、必ずしもお年寄りや身体の不自由な方に優しい街ではないと思います。
しかし、その反面、そこに住む人たちの理解や対応には、素晴らしいものがあると思います。

さて、そのご婦人が席にお座りになった時、一緒にいた盲導犬(大きなコリーのような黒い犬)はご婦人の脇にピタリッと寄り添っていました。
そして次の瞬間、目の前に立っていた僕の顔を見上げたかと思うと(とても可愛らしい表情で!)、それが「私もここに座ります」という合図であったかの様に、その場に伏せをしたのです。

しかし、そこは僕の足の上…。
盲導犬のお腹のあたりが、僕の両足の甲の上に乗ってしまいました。
もちろん、重いということはありませんが、つま先をチョイと上げてみるとなかなかの存在感…。

彼(彼女?)は前足を揃えて床の上に伏せ、その上に顎を乗せ、時々目だけをキョロキョロさせながら、静かにしています。
そして、バスの急停車や急発進にも耐え、また、乗り降りする人たちがそのすぐ側を通り過ぎても、まったく動じることもなく…。
そんな盲導犬の姿を見ていたら、何だか、いとおしくすら思えてきました。

パリというせわしい街に生き、目の不自由なご主人に仕えるということは本当に大変だろうなと…。
足元に、微妙な重さと不思議な温かみを感じつつ、でももう少し、このままで…。