213 時々、あの空の下へ
金曜日の午後、都心にある事務所でデスクに向かい、彼女は仕事に集中していた。
途中、窓から見える冬晴れの空をほんの一瞬見上げた他は、1度も休憩しなかった。
次に腕時計を見た時には、午後6時を少しだけ回っていた。
机の上に広げたオーガナイザーで、来週、再来週の予定を確認し、それを閉じてバッグに入れた。
席を立ち、クロゼットからコートを出して、彼女は事務所を出た。
東京地方はすでに1週間以上、冬晴れの日が続いている。
また空気は乾燥していて、吹く風はとても冷たかった。
そのまま歩いて東京駅へと向かい、空港行きの特急電車に乗った。
成田空港で搭乗の手続きをする彼女の荷物は、オーバーナイター(1~3泊程度の旅に使うバッグ)1つだった。
続いて搭乗ロビーへと向かい、ほどなく、パリ シャルル ド ゴール行きの搭乗時刻となった。
彼女は時々、パリへと向かう。
週末をパリで過ごす…というほどではないけれど、しかしいつも、ほんの数日間の滞在だった。
パリでは、特に何をするというわけでもない。
ただ、ゆっくりとセーヌの河岸を歩いたり、カフェでコーヒーを飲んだりするだけだ。
離陸を間近に控えて薄暗くなった機内で、彼女は心地良い開放感にひたっていた。
そして、「当機は間もなく離陸いたします」というアナウンスとともに瞳を閉じて、どんよりと曇った、冬のパリの空を思い浮かべた。
約12時間後には、また、あの空の下に身を置くことができるのかと思うと、彼女はこの上なく幸せな気分になった。