430 秋の右岸、秋の左岸

パンテオンの石段に腰を下ろし、彼女はパリの夕焼けを眺めていた。

吹く風は少し冷たいけれど、凛としていて心地良い。
リュクサンブール公園越しに見えるエッフェル塔は、オレンジ色に染まる夕空の中でシルエットとなり、まるで影絵のようだった。

今日のパリは、心地良い秋晴れの1日だった。
西から張り出した移動性の高気圧に覆われて、フランス全体が晴天だった。

彼女は午前中、右岸にあるマレ地区を歩いた。
メトロ(地下鉄)の1号線、サン ポール駅から地上に出た後、サン タントワーヌ通りを横切ってフラン ブルジョワ通りへと抜けた。
そして、通りに沿って東はバスティーユの辺りまで、西はオテル ド ヴィルの辺りまでを歩いた。

お昼ご飯は、サン ポール駅の近くにある小さな広場(プラス デュ マルシェ サント カトリーヌ:place du Marche Sainte Catherine)に面したレストランで食べた。
この広場には数軒のカフェやレストランが集まっていて、いつも地元の人たちで賑わっている。
今日のように1人で食事をする時にも、まるで大勢の人たちと一緒に食べているかのような雰囲気があり、寂しさを感じない。
お店の人に「今日の定食は何ですか?」と尋ねたら、「羊のローストに白インゲンだよ」と言うので、それと一緒に赤ワインをグラスでもらうことにした。

午後からはサン タントワーヌ通りを午前中とは反対側に横切り、セーヌの河岸へと抜け、サン ルイ島やシテ島に渡ってみた。
川面を吹く風は少し冷たかったけれど、日差しが当たっている間はさほど寒さを感じなかった。

サン ルイ島の中央を東西に貫く通りや、シテ島の北側を縁取るように伸びる道を歩きながら、西の端にあるポン ヌフまで行ってみた。
途中、島の中央にある花市場を覘いたら、色とりどりのクリスマスの飾りが並んでいた。

ポン ヌフからパリの左岸へと渡った後は、川沿いに連なるブキニスト(bouquiniste:露店の古本屋)を見て廻った。
そしてサン ミッシェル広場まで歩き、そこからは大勢の学生達に混じってリュクサンブール公園まで行ってみた。
公園の中では落ち葉に覆われた小径を歩いたり、カフェのテラスでコーヒー飲んだりして過ごした。

そして先程から、パンテオンの前の石段に座り、秋の夕空やたなびく雲を楽しんでいる。

今日もいい1日だったと思いつつ、ふと、我に帰ると急にお腹が空いてきた。
それは、普段東京にいる時にはなかなか感じることのできない、とても健康的な空腹感だった。

今夜は何を食べようかしら…。
この先の坂の途中にある昔ながらのレストランで熱々のポトフを食べてもいいし、ちょっと足を延ばしてサン ジャン教会まで行き、その脇にある地中海料理の店で、コクのある魚のスープにパンを浸しながら食べるのもいい…。

パリで過ごす美しい秋晴れの日の締めくくりとして、どんな夕ご飯を食べたら良いだろうかと考え始めたら、幸せな気分はますます幸せになった。